日なたと木陰

木陰で立ち止まって一休み。ちょっと考えることや、どーでもいいことなど

専業主婦の妻が家事に専念するべき?「比較優位」について考えてみる。

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photo by Pewari


昨日の続きのような記事です。

昨日は「機会費用」について書きました。ある選択をすれば、他の選択の機会を失っているという事のようです。

今日は「比較優位」について書きます。

じゃ、まず引用します。

比較優位(ひかくゆうい・英: Comparative Advantage)は、経済学者であったデヴィッド・リカードが提唱した概念で、比較生産費説やリカード理論などとも呼ばれる。これは最も基本となる貿易理論である。
これは、自由貿易において各経済主体の自身の得意な分野(より機会費用の少ない財の生産)への特化でそれぞれの労働生産性が増大されて、互いにより高品質の財やサービスをより多く消費できる様になるという利益を享受できることを説明する。

引用元:比較優位 - Wikipedia

また、今回の例はわかりやすいので全文引用します。

ポール・サミュエルソンは、比較優位を「弁護士と秘書」の例で以下のように説明している。
有能な弁護士Aは、弁護士の仕事だけでなく、タイプを打つ仕事も得意だったとする。秘書は、弁護士・タイプの仕事において、弁護士Aより不得意である。更に、秘書はタイプはそこそこできるが弁護士の仕事はほとんどできない。しかし相対的な比較として各自の弁護士の仕事の能力を基準にすれば、秘書のタイピング能力は弁護士Aより優位であると見ることができる。このような場合、弁護士Aは弁護士の仕事に特化し、秘書にタイプの仕事を任せる。それが、弁護士・タイプの仕事が最も効率よくできるからである。
弁護士がタイプを打つと、弁護士報酬という機会費用を捨てることになる。弁護士がタイプを打つのは、恐ろしい機会費用がかかっていることになる。 秘書がタイプを打っても、機会費用は驚くほど低い。
停年退職者が、午後に映画を見る機会費用は非常に低いが、、カルロス・ゴーンCEOが、1時間の映画を見る機会費用は、驚くほど高い。彼が秘書のように、お茶くみの仕事をすれば、彼が出すコーヒーは何十万円という機会費用のかかるコーヒーとなる[5]。
ビジネスマンが、混んでいる安売りスーパーのレジに並ぶのではなく、コンビニで定価の商品を買うのは、「時間」という機会費用を計算=時間(機会費用)の浪費だと計算しているからである。主婦は時間(機会費用)が安いので、スーパーのレジに並ぶことができる。
無駄な事をしない=何がトクかを常に考える(時間でも費用でも)ことが、「比較優位」を実践していることになる。
引用元:比較優位 - Wikipedia


これは、貿易や分業についての基本的な考え方で、適材適所とかに通じていくんでしょうね。

要するに、「各自それぞれどちらかというと得意なことをやろう。それでみんなが幸せになる」という事のようです。

余談ですが、この話を読んで知人の恐ろしくせっかちなお金持ちを思い出しました。私と彼とでは1分間の価値が違うって事なのかも知れません。

では、前回と同様にこの経済用語を家庭の中に落とし込んで行きます。どうすれば家族にとって幸福を最大化できるでしょうか?

専業主婦の妻が家事に専念するべき?

上の例でも書いてあります。“主婦は時間(機会費用)が安いので、スーパーのレジに並ぶことができる。”専業主婦の機会費用が安いのなら、専業主婦である妻が家事に専念して、私は家で収入を最大化する為の行動=本を読んだり、考えたり、資格の勉強をしたりする方が良いのでしょうか?

なんとなく、家庭内炎上の匂いがします・・・。

もう少し考えてみます。

果たして“主婦は時間(機会費用)が安い”のでしょうか?確かに妻はお金を稼いで来る訳ではありません。サラリーマンである私はどうでしょうか?月給制なので休日分も給料が出ていると考えられます。しかし、私も休日にはお金を稼いで来る訳ではありません。ということは、私の休日には妻と私の機会費用は同じになるとも考えられます。

となると、やはり私は休日に家の中でじっとせず、せっせと家事をするべきなんだと思います。

また、この「比較優位」とは基本的な考え方ですが妻が急に倒れた、とか想定外の事態になった時には家事を何もしていなければ家庭内は大変な事になってしまいます。日頃から家事スキルを育てていくのも大切でしょう。国家間で言えば戦争などで産業が止まってしまう事態を想定して危機管理をするというような事でしょうか。

以前にこのような考え方について記事にした事がありました。

妻から言われて、家事をもっとやろうと決心した一言 - 日なたと木陰

比較優位の考え方でちょっと楽になった。

「各自それぞれどちらかというと得意なことをやろう。それでみんなが幸せになる」という考え方。

子供と過ごす時に、どちらかというと私は料理を作るより外で一緒に遊ぶ方が得意です。

これまではご飯はできるだけ作ってあげた方が良いと思っていましたが、もっと遊びたがる子供に待ってもらってごはんを作るより、ぎりぎりまで沢山一緒に遊んでご飯は買って帰ったり、食べて帰ったりしても良いんじゃないかなと思うようになりました。


どうすれば家族にとって幸福が最大化されるのか?まだまだ答えはわかりません。いろいろ試してみます。