日なたと木陰

木陰で立ち止まって一休み。ちょっと考えることや、どーでもいいことなど

親を亡くした友人から言われたことが偶然にも同じ内容だった件

そんなに友人は多い方ではないですが、何人かは腹を割って話しをできる友人がいます。

お父さんやお母さんを亡くした友人と話をするとみんな同じようなことを言います。

みんなといっても数名ですし、私の友人=価値観が似ている部分があるということなので同じようなことを考えるのも不思議ではないのかもしれませんが、個人的には人生の真理っぽいな~と思いましたので書き残しておきます。

友人いわく、お父さんに、お母さんを亡くして気が付くのは「もっと時間を共有しておけばよかった」ということだそうです。

一緒に何かをするとかじゃなくてもいい、リビングでそれぞれ別のことをしていてもいい、ただ一緒にいる、そんな事をもっとしておけば良かったと後悔しているようです。

また、ある友人は親ともっと色んな話をしておけば良かったと後悔しているようでした。反抗期を引きずって、親から話をされるとどこか面倒くさい、ぞんざいな口のきき方になってしまうというのはありがちな話ですけど、友人も親との接し方が雑になってしまっていたそうです。どうしてもっとちゃんと話を聞いてあげなかったんだろうと。自分の親がどんな人物だったのか、どんなことを考えていたのか、今となっては本人から聞く術がないと言っていました。

お父さんやお母さんとの関係が悪くなく、会いに行ける状況なのであれば、時間を共有されてみては如何でしょうか?
親に限らず、「大切な人」と言い換えても良いのかもしれません。自分にとって大切な人と時間を共有すること。恋人・友人・子供・兄弟・・・

いつかやろうと思っていても、なかなかその日はやって来ません(→私の事です)


ここ最近の私はこの辺を意識していまして、しょっちゅう実家へ娘を連れて遊びに行っています。

父とは父の好きなお酒の話をし、母から近況を聞き、娘と人形で遊び、妻はつかの間の休息を取っています。

毎日無数の選択肢があって、その両方を取ることはできなくて、つまりは後悔しない人生なんてないのだと思いますが、今の自分が考える最良の選択をして過ごしたいものです。それでも後悔はするのでしょうけど、自分がちゃんと考えて出した結論であればある程度納得できるのだと今は思います。